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2009年 10月 25日

theclaさんの歴史散歩② 春日山城 本与板城

今週は、天候、体調その他もろもろで新規画像が無いので、早くもオフシーズン企画を開始します。今オフシーズン企画は、色々撮影したけれど本記事に載せなかった画像を中心にしたいと思います。
第一弾は、随分間があいてしまいましたが、「歴史散歩」の第二弾になります。

〔春日山城〕
春日山城は壮大な山城なのだが、春日山神社の駐車場に車を止めると核心部だけ回ってくることが出来る。駐車場すぐ脇には上杉謙信公の銅像がある。
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謙信公銅像
春日山神社から直江屋敷跡に向かって登っていく尾根筋は、いくつかの空堀が尾根筋と直角に掘られている。V字型に断ち切るように空堀を切っているが、その掘割の斜面にカタクリやショウジョウバカマが咲き乱れていた。
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虎口を越えると直江屋敷跡に出る。低い土塁で尾根上が三段に分かれている。三段全部、直江屋敷なら確かにTVで見るような広壮な屋敷になるのだが、実際のところはどうだったのだろう。
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直江屋敷付近の尾根道
直江屋敷のすぐ上が毘沙門堂跡になっている。毘沙門堂の前の土塁は日当たりが良く、カタクリの花が咲き乱れていた。
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毘沙門堂とカタクリの花
毘沙門堂からひと登りで本丸跡に出る。
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板に書いてある七言絶句は、能登七尾城攻めの際に詠んだと言われる「十三夜」だった。
本丸には、こんな春日山城全域の絵図面があった。
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御館の乱の際、上杉景虎に先立って本丸を押さえたのが景勝、兼続の勝因との話があるが、この絵図面を見るとそれが良くわかる。直江屋敷、景勝屋敷、二の丸、本丸と押さえると城の核心部は完全に押さえたことになる。しかも本丸裏の大井戸と二の丸にも井戸があるから、ここに籠もられると簡単には落とせないのだろう。
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二の丸から本丸を見上げる
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本丸裏の大井戸 今も水がたっぷり
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本丸から上越市街を望む 林が切れるところまでが春日山城の城域 こうして見ると壮大な山城であることがわかる。

〔本与板城〕
直江家の城で本与板城と与板城があって本与板城の方が古く常盤貴子演ずるおせんが生まれた頃は本与板城は本城(与板城は兼続が築いたらしい)だった。
うっそうとした杉林を間引いて整備中という感じ。このあたりはギフチョウが多いはずだから、2、3年したら城跡をギフチョウが多数飛ぶかもしれない。
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本与板城本丸(実城)、左手の空堀が大空堀だが、大分埋まってしまっているみたいであまり大空堀という感じはしない。
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与板城本丸から信濃川を望む 手前の土塁との間にも深い空堀が掘られている
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与板城マップ

チョウの写真が一枚もないとさすがに寂しいので、どこの城かは書かないが、土塁の前を飛ぶギフチョウ
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by toshi-sanT | 2009-10-25 22:44 | 歴史


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